姉歯設計建築事務所による耐震強度虚偽

ちょっといつものblogの趣旨とは異なるのでそこら辺はご了承ください。

連日のようにこのニュースが世間を騒がせていますが、誤解があるのではないかと思います。
第1に「震度5以上の地震が起こった場合に壊れる可能性がある」という表現です。だいたい震度というものは人が感じる度合いであってそれは微妙なのです。
知っていますか?10年ほど前まで気象庁の泊まり込みの職員の人がフィーリングで決めていたことを… 少し高くしすぎたと思ったら訂正も可能だったんですよ。それが阪神大震災頃から機械に変わりました。その機械は基本的には人がどのように感じるかを指標としています。
わかりくいだろうからという勝手な報道の判断ではなく、エネルギーを示すマグニチュードを使うべきです。

第2に建築士のモラルの問題とされていることです。
あの人は儲けのために曲げてはいけないことをしました。それは別にやりたくてやったわけではないでしょう。だったら、なぜやらねばならなかったのか?そういうことを招く因子は建築業界にあると思います。だからこそ、業界やそれを取りまく問題に焦点にあててほしいのです。
すぐに国土交通省(前の建設省)は建築士の免許の更新制度をもうけることを考えていると… 何もないときに免許の更新制度をといれるべきだという指針が諮問機関からでたのだと納得します。明らかに自分は悪くないのだというかのような… 責任逃れなのは明らかでしょう。行政による確認申請というものを通らないと建物は建てられません。行政側は耐震強度偽造を見抜けなかったのです。建築に関わる行政だってそんな感じです。

第3に建築士という言葉の使い方です。
建築士は1級建築士や2級建築士の試験をパスして、登録したものが使える名称です。それとは別に建築家という言葉があります。建築家とは国内外問わず有名な賞を受賞したものに使われるとされますが、名称を使うのに何の制限もありません。あなたが今から建築家だと言えます。建築家=建築士ではないのです。
(海外ではArchitectureという名称は資格取得者に独占されているのが多いです。)
それに建築士といってもかなり幅広い言葉です。大まかにいってもデザインを主とする意匠系と耐震などと関わる構造系というものに大きく分かれます。それに専門の細分化は建築という学問でも免れず環境、計画、都市計画、地盤工学、日本建築史、西洋建築史、測量、建築構造などといろいろあります。
建築士という免許は上記の分野の人はほとんどが取得することが可であり、取得する人も多いです。でも、この資格によって許可されることが必要な人は一部なのですが…
どこかのblogでも書かれていましたけど構造建築士とかいう風に免許の細分化すべきだし、ほとんどの人が取得すべきという雰囲気を変えないといけないと思う。だいたいの人は1級建築士にまかせれば大丈夫だと思いこんでいるし、それに更新制度を実行に移す気が本当にあるなら実際に使っている人を対象にしないとちゃんとした更新制度にはならないでしょう。(何十年も前にとって設計を担当していない人は受からないだろうし、そうなれば失格者たくさんみたいなことになる。逆に受からすなら誰だって受かる形骸化するのは明からだ。)

#建築士に頼もうと思っていて、この事件で躊躇している人は建築士会、日本建築学会に所属しているかの確認をしてください。今回の姉歯建築士も所属していませんでした。絶対とはいえませんが、所属を確認した方がいいでしょう。あなたに合うかはわかりませんが、建築士会で建築士を紹介してもらうことも可能です。

このニュースとは離れるのですが、兵庫県南部沖地震(阪神大震災)を例にとって書きたいことがあります。なぜ兵庫県南部沖地震かというと最近の地震で印象に残っている方も多いと思うからです。
マグニチュード7.2で最大震度7でした。1950年頃に震度7が設定されてからはじめての震度7の観測でした。50年ぐらいの長いスパンで考えても歴史に残る地震でした。
かなり多くの建物が倒壊しました。その多くは1981年の「新耐震設計法」の施行以前の建物で被害の割合が多かったのはご存じでしょうか?簡単にいえば制限が緩かった1981年以前に建てられた建物は倒壊する危険性が高いのです。だから耐震補強を促進する法律も制定されました。
地震に対して被害を最小限に食い止める免震補強の建物はこの地震後に増加しました。

しかし、地震の記憶が薄れだした最近ではまた免震の建物は減ってきています。このニュースはおかしな建築士がやった特別な例と捉えるのではなく、自分の建物はどうなのか?自分の大事な人の家や勤め先は大丈夫なのかと考える機会になればと思います。
このニュースが少しでもいい方向に影響してもらえればと…

#この記事への意見は趣旨が異なりますのでbbsではなく、コメントかメールでお願いします。

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SONYの人事

SONY人事をニュースはSONYの最近の流れからするとある意味、当然だったのかもしれない。PDA市場からの撤退(CLIEというブランドを捨てた)ことや低価格路線のスゴ録、PSPでの問題、ウォークマンというブランドの陰りが見えてきたことなどです。それに伴って株価も下がっていた。

しかし、自浄能力がある会社であるのはここでもわかります。金ばっかりもらっている人が素直に辞めないことをみると対照的です。アメリカ人がトップに立つことも驚きはありますが、グローバルな会社なので当然とも思えます。
(逆に日本人が海外の会社でトップに立つこともでてくるでしょうし…)

本当の意味でかっこいい製品が出てくることを望みます。

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一太郎2005が販売開始

taro2005一太郎 2005予定通り2月10日に販売開始になりました。特許問題があり、かなり注目を集めています。一太郎 2004の販売のときは注目のニュースではなかったので、特許問題も結構役立っているのかなと思いました。それに特許問題で Justsystem 側の考えが正しいと思っている人も多いので応援をする意味で購入する方もいるようです。

私は一太郎 2004を使っているので、少し前にアップデートのお知らせがきました。しかし、私は購入しないつもりです。一回のバージョンアップではあまり変化を感じないのが主な要因です。次かその次にはバージョンアップするつもりです。ATOK のみで一太郎を使用しない方も多いらしいですが、私は一太郎を使用しています。

本文や見出しなどを指定した文章では、スタイルセットという形式を選択すればある程度見栄えのする文章が簡単にできます。このことや文章校正はかなり正確です。これらの理由で私は個人的なファイルの保存版は一太郎ファイルが多いです。(頻繁に使用するものはテキストが多い。)

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一太郎の特許侵害

松下電機産業が一太郎や花子を制作しているJustsystemに「情報処理装置及び情報処理方法」という特許を侵しているという訴えで松下側の主張を認め、両ソフトの製造・販売の中止と製品の廃棄を命じる判決を言い渡した。(Justsystemの説明)

taro_helpmode一太郎ユーザーとしてはびっくりした。ヘルプモードという使用している私にとっても使った記憶がないような機能である。これはヘルプモードのアイコンをクリックして、次に別のボタンを押すと通常のマウスを一定時間置いておくとでるツールボックスより詳しい説明がでる機能です。
taro_helpmode_paste

Windowsのプロパティの「?」というアイコンとまったく同じ機能とおもってかまわない。
win_property_help

このような特許の難しいところはアイコンかどうか進歩性があるかが争点のようだ。このような機能はWindowsで標準で利用されているのでもう一般化されている。
これは少し前にあった携帯の折りたたみに特許を持ち出したのと変わらない。

特許問題は本当に難しい。特許は最初はある一定期間の間で開発者に権利を与え、その後には他の人でもそれを使うことができる(パブリックドメイン)という理想から生まれた。その理想を持っていたアメリカもどんどん特許の期間を延ばし続けている。
(ディズニー社が多数の議員に献金を行っているからとも言われ、一部では特許の保護法はねずみ保護法などとも言われる。)

一太郎2005の販売が止められることはないだろう。しかし、この問題は一太郎のユーザーだけの問題だとは思えない。

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メッセージ

Mr.Children の櫻井和寿といえば知らない人はいないと思う。その人がNPO をやっていることを知る人は少ない。それはap bank という名前である。別にそれを応援しようという気持ちは私にはないが、そこでメッセージというサイトが開設されています

そこには櫻井さんをはじめとするさまざまなアーティストの方々が自分なりに「9.11」からはじまる現在の混沌とした状況に感じたことを書いています

ap bank message

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私も紹介するのだから、私の考えを書きます

「9.11」というテロは本当に衝撃だったと思います。映画ではないのかと思った人は多いと思います。私もその一人です。
しかし、冷静に考えてみれば不思議でもないのだと思いました。少し前から世界がおかしくなっていたのだと思います。コソボ紛争やソマリア、湾岸戦争など思いつくのをあげるだけでもこれほど戦争があるのです。内戦や民族紛争も世界では必ず起こっています。日本人である私達はテレビのニュースで映画でも見るかのように見て「かわいそうー」と同情の目を向けるだけだったのだと思います。(もちろん、私も同様です)

今もイラクでは多くの人が亡くなっています。イラク人だけではなく、アメリカの兵士などもです。
アメリカは自国の平和と自分達の信じる正義のために戦争を起こしました。しかし、平和とは一国だけのものでもなければ、正義なんてものはほとんどが幻想に過ぎないでしょう。なぜなら一方から見た正義はもう一方から見れば正義ではないかもしれないのだから…

日本もこの戦争に加わっている一国であります。もちろん加わっていなければいいというものでもないと思います。日本人は何かこの問題から目をそらそうとしているように思います。アメリカが悪いと非難ばかりしていてもいいのでしょうか?非難とは物事を成し遂げることとは違うと私は思います。
この戦争はすべきではなかったのかもしれませんが、もう起こってしまった後なのです。私にも自分がこのことに何をすべきかわかりませんが、多くの人にこの問題について考えてもらえればと思います。

リンクをしたメッセージを一度読んでみてください。この問題を考えることが重要です。できればどこかで意見を言えるのであればもっといいと思います。これを見て少しでも広まればいいと思います
私がこれを知ったのはMy Little Lover のAKKOさん のDays というページです。
ご意見はメールでお願いします。

#かなりいつものこのblog とは違う趣旨ですが、ときにはこういうのもいいと思っています。

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